人というプレゼント
おはようございます、ベロです。
昨日はギャンブルをして失ったものをかきました。
物事には表と裏があります。
今日はギャンブル依存症になって得た色々ないただきものを書いていこうと思います。
多分私はこのことを一番書きたいんだろうなと思います。
ギャンブル依存症になりました。
病気を認めました。
病院に診察を受けに行きました。
自助グループに繋がりました。
入院しました。
家族の支援も頑張ってやってみます。自助グループはもちろん継続してます。
この中でたくさんのプレゼントもありました。
まず何といっても一番は人です。
私は、19歳のころからずっとずっと長い間他の事に目もくれずにギャンブルばかりしていました。何回借金を繰り返しても、私の人生に重大な変化が起きても、それは変わりませんでした。お金もどんどん無くなりますが、本当になくなっていくのは人。
私の周りには、私がギャンブルに嵌っていても、傍にいてくれるたくさんの人がいました。家族、友人彼女、職場の仲間。
ことごとく裏切り、一人また一人と去っていきました。
ギャンブルを止めても、最初の頃は、変わりませんでした。それは私が必要としていなかったから。
でも必要になってくると与えられます。本当に不思議なもので、心を開くということをしていくと、人はまた、私に優しくしてくれ、寄ってきてくれます。
これは、多分私が、周りの人の事を見れる、感じれるようになってきたということなのだと思います。
ギャンブルに嵌っていた頃も、いい意味で、お金の事ではなく、手を差し伸べてくれる人はたくさんいたのですが、自分から出されていた手を振り払っていたのです。
嵌っている最中も、心配し、叱責もしてくれる方もたくさんいました。
自分が心を開き、素直になり、謙虚さが少しずつでも出てくること、そして自分が何様でもない、ただの普通の人だということ、一人では大したことも出来ない、ちっぽけな人間だと自覚した時、様々な変化は起こってきます。
まずは、同じギャンブル依存で苦しむ、苦しんできた仲間が寄り添ってくれます。私は最初GAに通い出した頃は、仲間なんかいらないとずっと思っていました。今は孤独っていうのは、私達依存症者にとっては特に良くないことだとわかるのですが、当時は、群れるのも嫌だ、自分はあの人たちとは違うと思っていたので、なれ合いはいらないと拒んできました。
でも、スリップして、どうにもならなくなり、仲間に助けを乞うしかなくなった時、手を差し伸べられていたことに気づきました。そしてその手を取って、少しずつ回復に向かって行けたのです。
それはいっぺんには感じることはできません。ずっと心を閉ざしてきたのですから、
自分の変化も少しずつです。でも、少しずつでも、人に頼る、自分だけでは判断しない、ということをしていくうちに、自分だけの考えは狭いなあ、ああ、あの人に聞いてみよう、とか、もちろん奥さん、旦那さん、両親、家族、今までは自分勝手に考え、避けてきた人達の助けを求めることも出来るようになります。
これあくまでも考え方の話ですからね、金銭面ではないですよ決して。
そして、ギャンブルを止めていくと、職場の関係、職場の仲間も変わってきます。
単純に、嘘をついてさぼることも無くなります。また、ギャンブルに嵌っていた時も、仕事は一生懸命してたよ、という方はたくさんいましたが、それは違いますよ。ギャンブルの事ばかり考え、ギャンブルをする時間ばかり考えていて、また金策に走っている人が身の入った仕事ができますか?捌けていると勝手に感じていたのであり、ギャンブルをやめて、よりよい人生を送っている時の方が、遥かに職場での評価も上がっているでしょう。
そして、ギャンブルの話がないと話題がない、ということも聞きますが、全く問題ないですね。ギャンブルの話題を自分が振っていただけで、その話がなくても自分の話も相手の話もたくさんあります。聞いてくれてありがとうと言われたこともたくさんあります。
ギャンブルをやめて、一日を大切に送ることができるようになってくると、職場の人間関係も変わってきます。
職場によっては、というより、上司によっては、この病気に理解を示してくれる方もたくさんいらっしゃいます。GAや病院に通院する時間を考慮してくれたりする人もいます。本当にありがたいことです。依存症が理解できなくても、頑張ろうとしてる人を応援してくれる方がいるということは、回復にはすごく助けになります。
そして、ギャンブル繋がりの同僚とかも、ギャンブルは止めたんだ、という話をしていくと、意外とすんなり受け入れてくれます。
ギャンブルを止めていくことで、こんな素晴らしいプレゼントがありますね。
家族の事も書きますが、今日は長くなってしまったので、また次回~^^
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