何度してもらったか😭
いつも私のブログ見てくださって本当にありがとうございます。
記事が多くなりすぎて、もはや修正したくても出来ず、中身はもちろん、レベルアップしてないことを自覚してるので、本当にいつもみてくれる方には申し訳ないという気持ちと、見てくれてる方が居るので、とにかくアップしなきゃという気持ちがいつも入り交じってますので、
ブログ自体のレベルアップはもう少しお待ちください🤣🤣
おはようございます、ベロです。
今日の川柳はこちら
これは家族の立場からの川柳ですが、これもまた耳が痛いし、何度してもらうんや、という感じですね。
私は1番初めの尻拭いは大学を中退した20歳の時でした。
前期が終わり、夏休みになる時に、私は家に帰る前に言いました。
「大学をもう辞める。単位が取れないから。
卒業出来ない。」
実家に成績を送らないようにしていたので、親は寝耳に水。
とにかく1度帰ってこいと。
お金もないのでクレカで飛行機の券を買い、帰省しました。
その時は何も言うつもりもなく、ただ大学についていけなかった、遊びすぎた。そして首都で生きていく、というようなことを言いました。
殴られました、馬鹿野郎、死んじまえ!
親父は泣いていたようでした。お袋も泣いてました。
次の日帰ろうとしてました。すると、親父が、チケットを見せてみろ、と言うので、何の気なしに見せました。
「このバカが、まだまだ嘘ついてやがる」
飛行機代は送ってもらったのですが、パチンコで負けました。そして、アルバイト代は全て返済になるので、生活はできるかどうか分かりませんが、とにかく働くしかありません。
親父は見抜いてました。
「お前、ギャンブルしてんだろ、借金を全て言え、そして、アパートは引き払え、そしたら借金は取り敢えず払ってやる。働いたら返せ。」
全ては話しませんでした。でも50万くらいは言わずに、ほかは全て言いました。15件以上あったので、狂ってるよこいつ、なあ母さん、と敵を見るかのような目で睨みつけられました。
当然ですよね。親父の憧れの大学を中退どころか、借金を抱えて帰ってくるとは。失望のどん底だったでしょう。
ですが、親父はこの借金を全て肩代わりしてくれました。
そして、全てを、人間関係も含めてリセットして、やり直せ、と言われました。
その時は、本当にやり直そうと、涙を流して誓を立てました。
まだまだ自分が依存症などとは全く思わず、改心すれば必ず成功すると思ってました。
大違いの勘違いですね。私名義の借金を全て返してしまうということは、勝手に信用がついちゃうわけです。
実家に帰ってからまもなく、アルバイトを始めますが、そこで、直ぐにギャンブルは始まります。
そして、あっさりまた借金をします。
そこから去年位まで、借金のなかった時はありません。何かしら隠し事を常にあった状態です。
その後、親には返済しましたが、肩代わりを2、3回してもらいました。
何とか返済は出来ましたが、何度も返してくれるので、信用は落ちません。
返した額も安い家1件位は返したでしょうね。
既に20歳の頃からこんな感じだったので、本当に楽になったのは、つい最近の話ですよ。
借金があることは本当に辛いですが、尻拭いをする親の気持ちはどんなものだったでしょう。
私はしてもらうばかりで、尻拭いをしたことはないので、その痛みや辛さ、何度も裏切られる怒り💢等は全くわかりません。
その場さえ凌げば良かったのですから、本当に最低だなと今は思います。
だけど、その素養が無くなることがない事の方が私は怖いです。
これからもギャンブル依存症当事者である、ということは一日も忘れることはないでしょう。
そして、今日一日が当たり前ではないこと、周りを巻き込んで、大変なことをしてきたことは忘れてはならないと思ってます。
だけど、卑屈にならずに、一日を大切に、そして、私が幸せになることが、間接的な埋め合わせのひとつになると思います。
でも親だろうが、誰だろうが、借金は返さなきゃですね。
一生かかってもいいから、少しずつでも返していくこと。それは金銭感覚を取り戻したり、借金をしてきて迷惑をかけたことを忘れないためにも大事なことだと思います。
なかったことにしていいのは家族側です。当事者側から無かったことにしては行けないと思います。
苦しくても借りたものは返す。全額は出来なかったですが、私はできるだけのことはしましたし、今もしてます。それは金銭面的な自信にはなっています。
金銭面の返済は何とかでも出来ます。
心の借金は簡単には返せませんから。
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