初心にかえります
年末に移動忘年会で泊まったところが悪かったのでしょうね😨
2人とも寒すぎて、特に妻の部屋にはエアコンがなかったので、2人とも多分風邪を引いてるのでしょう!
妻はインフルかどうか分かりませんので、今のところ様子見です。
いつでも病院に行ける準備はしてますが、まあ判断は明日の朝でしょうね。
あけましておめでとうございます🤗
ベロです。
拙いブログながら、読者がいて、見てくださっていることに本当に感謝です。
私の振り返りと、ギャンブル依存症の当事者が何を考え、行動してるか、またゲーム依存やモラハラもあるので、その辺をできるだけ赤裸々にこれからも書いていこうと思いますので、
本年もよろしくお願いします!
さて、支持は微妙なものの、何とかやめずに続けているこのブログも1年と2ヶ月くらい、そろそろ400記事になろうとしてます。
私はギャンブル依存症当事者なので、年始にまた初心に返って、まずはハンドブックの20の質問から振り返り直し、また自助グループを1から始めるつもりでやっていきたいと思います。
それでは今日は
ギャンブルのために仕事や学業が疎かになることがありましたか?
私は麻雀は13で始めました。パチンコは18からです。
パチンコを始めた最初の頃は、友達の付き合い程度、はじめて打った時、たまたま5000円くらいは勝ちましたが、特にハマることも無く、学校やアルバイト、デートや遊びの方が普通に優先する、ただの娯楽のひとつでした。
ある大きなことがあってから、私はパチンコが私の逃げ場所になります。
早くも19の頃からギャンブル依存症になっていました。
ギャンブル依存症の特徴である、嘘と借金、既に沢山ありました。
大学3年の時中退する頃には、20社以上の学生ローンやサラ金から、400万以上の借金でした。
親には嘘をついて、ずっとお金の無心をしていました。本来上級生になっていけば確かに本代とか、合宿等、細かくお金はかかってきますが、ろくに学校も行かないのに、お金のことばかり、そして、領収証を送れと言われれば、既にその頃から自分で領収証を作り、偽造を既にやっていました。
父は小さな会社ですが、営業部長というのもあり、経理にも長けていたし、私の嘘や、偽造などはもう見破っていたのだと思います。
大学をやめるために、実家に話をしに行った時も、嘘を並べて、そして、逃げるように帰ろうとした時も、チケットを見せろ、と言われ、そこでまたカードで旅券を買ったのがバレました。
実は最後の帰省の時に、お金が無いから帰れないと言った時に、家から飛行機代を現金で振り込んでくれていたのです。
ですが、私はそのお金もギャンブルで使い、残り少ないクレジット枠から、何とか飛行機代を精算していたのでした。
親からは、
「とにかく嘘をつかないで正直に告白しろ」
「全てをきちんと話をしたら、手助けはしてやる、お前におカネを貸すだけだからな」
と言われ、それでも正直になれず、2件ほど残して、後は全て告白しました。
親は驚き、よくここまで何十社も借りれたな、そして借りに行けたな?恥ずかしいとかは思わなかったのか?半ば呆れながらも私にお金を貸すという名目の肩代わりをしてくれました。
いくら大きな出来事があったとはいえ、本分の学業は全く疎かにして、ギャンブルとアルバイト、遊びに夢中になり、都合のいい時だけ大学生になり、お金を借りまくって、本当におかしな毎日をずっとすごしていました。
疎かって言うのはある程度はきちんと通ったり、テストも受けたり、という感じだと思うのですが、私の場合は、疎かではなく、ギャンブルだけに集中していた、ということで、何よりも優先順位がギャンブルになってしまっていたのです。
まだ19歳だったんですけどね。
仕事のことはまた明日書きます。
今年もよろしくお願いします🤗
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