失敗を恐れずに
すんません、寒い寒い言い過ぎですよね🥶
けど本当に九州ではいちばん寒い時期くらい寒いのです😨
歳を重ねていくと、まあそんなに大したことない、なんて言うようになるのでしょうね😌
マイナス5度をどう捉えるかは人次第でしょうね✨
こんにちは、ベロです。
今日は、在り来りかもしれないけど、この言葉です。
私は仕事場では、とにかく試してみよう、そしてダメならやり方を変えて、という人です。
なので、いや、それは多分ダメやろ、というような意見でも一応取り入れて、やってみるし、部下ならやらせてみます。
そして、上手く行けばそのままチームとして使っていくし、もし上手くいかないなら、修正したり、元のやり方に戻したり。
そのまま何も考えない、というのが私は嫌いなので、ひとつの仕事でも常に楽に、安全に、早く、というのを目指して頑張っています。
なので、私は結構無愛想なので、初対面というか、最初の頃は苦手だったり、嫌われたりすることも多いですが、仕事を重ねていくと、どんどん意見をみんなが言ってくれて、結果明るいチームになることが多いです。
でも私が時々みんなに喝を入れるので、そうなるとまたチューン😭となりますが、最近ではもう無くなってきたかなあ😁
でも生き方、というか、プライベートでは、奥手というか、現状維持の方をどちらかと言うととる方です。
それはギャンブルで特にですが失敗をしすぎて、臆病になってる部分もあるし、歳を取って来たからか、変化に対応しきれなくなってる部分も有るのかも知れません。
ただ依存症のことに関しては、これまた別ですね。
わたしは自分のことを回復者とも全く思ってないし、経験が豊富だとも思いません。
他に精神疾患がある訳でもないし、その方々の気持ちが分かるわけでもなく、寄り添えるわけでもありません。
なので、時々上手くいかなくて、揉めるとまでは行かなくても、気まずくなる時もあります。
私はどちらかというと、みんなで頑張っていこうよ、回復のためにやれることみんなやろうよ!
というスタンスなので、どちらかというと松岡修造さんのように、ちょっとウザイ系かも知れません。
とにかく考えていても行動はしてない、出来ない人に対して特に反応するので、やれることはやった?とか、あれはダメこれはダメとか言ってても変わらんよ、とか思ったり、言ってしまったりすることもあるので、私がそこは配慮して、成長していかなきゃ行けないところです。
私の場合は、寄り添うだけなら他の人もできるから、そこはお任せ、言い難いことや嫌事は私が言おうかな、と思っています。
だから少なからずや私のことを嫌いな仲間も居ると思います。
でもそこは仕方ないかもですね。
特に依存症という病気は、進行性のものであり、時薬はなく、時が経つほど進行していくと私は思っていて、進行を食い止めるためには1回でも多くのミーティングや仲間との分かち合い、フェローシップが必要だと思っています。
なので、来れる時に、とか時間ある時に、ミーティングに出ます、とか来ればいいよ、とかいうことを聞いたりすると、決めるのは自分だけど、機会をそれだけ失ってて、それだけリスクが高まってるよ、と心では思ってます。
色々な疾患もあるため一概には言えませんが、できない理由を並べる前に、行動を、と思ってます。
やれる方向、行ける努力、というのはできるんじゃないかなあ。
調子の悪い時に身動き取れないのは仕方ないし、そこはもちろんじっと我慢という時もたくさんあると思う。
じゃあ少し元気な時、心に余裕がある時、その時思い切り動いてますか?
ということなんですよね。
年中調子の悪い人も居るでしょうから、そういった方は、やはり病院とか先生とかと話しながら頑張っていくしかないんでしょうね。
だけど、失敗や億劫、面倒などが理由で、できる時にできる行動を見送ることは本当に勿体ないと私は思います。
時間はやっぱり限られてるし、チャンスもいくらでもはないと思います。
どちらかというと、数少ないチャンスを確実に掴むということをしてかないと、依存症からの回復は難しいんじゃないかなあ、と私は考えます。
せっかくの回復のチャンスは逃さないように。途中でスリップしても、やり方が自分に合わなくて病んだりしても、またやり直したり、やり方を変えたりすればいいんだと思います。
やらないで頭の中で完結することだけは避けたいし、経験のないことに対する妄想はするだけ無駄と思ってます。経験してないならしてみよう、なんでも手を出してみよう。
という気持ちは私は回復についてはいつも持っています。
これも人それぞれでいいんでしょうけど。
ブログ応援してください!
クリックお願いします↓↓↓