ギャンブル依存症 ベムの回復に向かって!

こんにちは、ベロです。私は病的賭博です、完治はしませんが、回復はあります。回復の軌跡、奇跡、ご覧ください!現在進行中

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交通事故と、大きな方向変換 ベロの物語⑩

パチンコ屋で働きながら、悪事を行い、挙句の果てに店には見つかり、自己都合という温情を与えてもらったにも関わらず、パチンコから手を引くということは出来ませんでした。

 

職種を変えても、ギャンブル、飲み屋は変わらず、生活を圧迫するほど、毎月ギリギリまで遊んでいました。

 
出張の比較的多い仕事で、週に1回しか地元に帰ってこないということもあったので、出張先ではあまりお金を使わなかった分、週末に結構派手に遊んでいました。
 
 
ある日、出張先から、高速で地元に向かっていた時、私は助手席にいて、居眠りをしていたのですが、私につられて運転手も居眠りをしてしまい、冷凍車に、推定110キロで追突事故してしまいました!
 
 
幸い、冷凍車の運転手さんが、気を利かせて、ゆっくり減速してくれたので、一命は取り留めました。
運転手は全くの無傷、私は足の親指靭帯断裂、頭8針の怪我だけで、3ヶ月の入院だけで済みました。
 
事故車の写真を見ましたが、生きていたのが不思議なくらい、助手席はクシャクシャでした。
 
最初の1週間は痛くて痛くて眠れない毎日でした。
それを過ぎると、基本的に他はなんともないので、退屈で仕方なく、また会社の保証や、保険なども直ぐに入ってきたので、入院2週目からは、酒をこっそり飲み、また巡回が午前11時だけだったので、その後夕食までタクシーで杖をついてパチンコ屋へ行っていました。
 
そんな時はよく勝つので、度々夕食時や検温時居ないので、強制退院1歩前までいきました。
 
その後、退院して、それなりに頑張っていたつもりでしたが、会社の社長と折り合わず、入院の際の金銭での恨みもあったみたいで、別の会社の人からスカウトもあったので、会社を変えることにしました。
 
本当は、小言が嫌なのと、給料がアップするからでしたが。
 
そして新しい会社に入ってから、直ぐに転機が訪れました。
 
今までは、近くの県までの出張だったのですが、かなり距離のある出張、また、全く携わったことの無い仕事をするための出張に誘われました。
 
 
全く違う仕事と、地元を離れることに抵抗はありましたが、1年くらいということもあり、何とか乗り切ろうと思いました。
 
 
その仕事が今も続けている天職だったのです。
 
 
この出張でたまたまギャンブルの調子が良かったので、給料を触らない月とかもあり、ここで調子に乗ってしまい、さらにギャンブルにハマってしまうことになるのです。
 
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